一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会

委員会からのお知らせ

小児人工内耳適応基準(2014)

 本適応基準では、言語習得期前および言語習得期の聴覚障害児を対象とする。

I.人工内耳適応条件

 小児の人工内耳では、手術前から術後の療育に至るまで、家族および医療施設内外の専門職種との一貫した協力体制がとれていることを前提条件とする。

  1. 医療機関における必要事項
    A)乳幼児の聴覚障害について熟知し、その聴力検査、補聴器適合について熟練していること。
    B)地域における療育の状況、特にコミュニケーション指導法などについて把握していること。
    C)言語発達全般および難聴との鑑別に必要な他疾患に関する知識を有していること。
  2. 療育機関に関する必要事項
    聴覚を主体として療育を行う機関との連携が確保されていること。
  3. 家族からの支援
    幼児期からの人工内耳の装用には長期にわたる支援が必要であり、継続的な家族の協力が見込まれること。
  4. 適応に関する見解
    IIに示す医学的条件を満たし、人工内耳実施の判断について当事者(家族および本人)、医師、療育担当者の意見が一致していること。

II.医学的条件

  1. 手術年齢
    A)適応年齢は原則1歳以上(体重8kg以上)とする。上記適応条件を満たした上で、症例によって適切な手術時期を決定する。
    B)言語習得期以後の失聴例では、補聴器の効果が十分でない高度難聴であることが確認された後には、獲得した言語を保持し失わないために早期に人工内耳を検討することが望ましい。
  2. 聴力、補聴効果と療育
    A)各種の聴力検査の上、以下のいずれかに該当する場合。
    1. 裸耳での聴力検査で平均聴力レベルが90 dB以上。
    2. 上記の条件が確認できない場合、6カ月以上の最適な補聴器装用を行った上で、装用下の平均聴力レベルが45dBよりも改善しない場合。
    3. 上記の条件が確認できない場合、6カ月以上の最適な補聴器装用を行った上で、装用下の最高語音明瞭度が50%未満の場合。
    B)音声を用いてさまざまな学習を行う小児に対する補聴の基本は両耳聴であり、両耳聴の実現のために人工内耳の両耳装用が有用な場合にはこれを否定しない。
  3. 例外的適応条件
    A)手術年齢
    1. 髄膜炎後の蝸牛骨化の進行が想定される場合。
    B)聴力、補聴効果と療育
    1. 既知の、高度難聴を来しうる難聴遺伝子変異を有しており、かつABR等の聴性誘発反応および聴性行動反応検査にて音に対する反応が認められない場合。
    2. 低音部に残聴があるが1kHz~2kHz以上が聴取不能であるように子音の構音獲得に困難が予想される場合。
  4. 禁忌
    中耳炎などの感染症の活動期
  5. 慎重な適応判断が必要なもの
    A)画像診断で蝸牛に人工内耳が挿入できる部位が確認できない場合。
    B)反復性の急性中耳炎が存在する場合。
    C)制御困難な髄液の噴出が見込まれる場合など、高度な内耳奇形を伴う場合。
    D)重複障害および中枢性聴覚障害では慎重な判断が求められ、人工内耳による聴覚補償が有効であるとする予測がなければならない。

「小児人工内耳適応基準」の見直しの概要と解説(2014)

福祉医療・乳幼児委員会

 人工内耳は、高度以上の難聴を有する児に対して、音声を用いたコミュニケーションを可能とすることを目標とした医療的介入手段の一つである。基本的には、補聴器を用いる場合と比較して、相対的に優れると判断された場合に適応となる。
 聴覚障害児が音声を用いたコミュニケーションを行うためには、より早期から音声による言語情報の入力が行われることが推奨される。今回の見直しでは、聴覚障害児に対する人工内耳が一定の効果を示してきていることを踏まえて、その適応年齢を原則1歳以上(体重8kg以上)と拡げ、補聴器装用下の聴力レベル・最高語音明瞭度についても記載した。その一方で、より早期から人工内耳手術を行うには、1)身体が小さいことによる麻酔・手術侵襲の問題と、2)発達の途上であるため正確な聴覚評価が困難であるという問題が伴う。このような問題点と、人工内耳手術によって得られるメリットとを比較した上で、手術を選択する妥当性を判断する基準として本適応基準を定める。
 音声を用いてさまざまな学習を行う小児期には、難聴児に対する補聴の基本は両耳聴であり、両耳聴の実現のために人工内耳の両耳装用が有用な場合にはこれを否定しない。しかし、両側人工内耳を強制することはあってはならない。
 人工内耳の適応にあたっては、下記の医学的要件を満たすだけでなく、その他の社会的な背景を考慮する必要がある。この背景には、1)保護者からのサポート、2)療育施設との連携、3)術後の療育環境の整備などが含まれる。これらの難聴児をとりまく環境について十分な調整を行った上での手術適応決定が望ましい。
 人工内耳の手術適応について、最終判断は当人の自由意志によることが最も望ましいが、しばしば年少のため保護者によって判断が下されることが多い。その場合にも、本人への説明のために最善の努力が必要である。また、人工内耳が音声コミュニケーションを用いる場合の選択である以上、手話などの音声を用いないコミュニケーションの選択についても可能な限りの情報提供が行われるべきである。また進歩が著しい再生医療や遺伝子治療など最新の医療情報についても術前に説明を加えておくことが望ましい。
 人工内耳を用いて今後生活していくこととなる幼小児では、慎重に適応を見極める必要がある。その問題点を列挙すると、
1.年齢あるいは発育のために、手術を受けることについて自己の意思で決定することができない。
2.年齢あるいは発育のために、正確な聴力を把握しにくい場合がある。
3.人工内耳は蝸牛内に電極を埋め込む手術であり、残聴を失う可能性がある。
4.聴力レベルが90dB以上であっても、療育によっては補聴器で対応できる場合もある。
5.療育の状況は、地域によって違いがある。
などであり、したがって家族、保護者はもちろん、手術施設内外の聴覚・音声言語指導の療育にかかわる人たちとの意見の一致が欠かせない。
 なお、言語を獲得した後に聴力障害を生じた幼小児について、効果が不十分な補聴器装用のみでは音声言語を喪失する可能性や、構音障害についても言及した。
 重複先天性障害については、必ずしも禁忌にはならない。合併する障害にもよるが、両者の障害程度を総合的に判断すべきであり、1) コミュニケーションに困難を伴うほどの重度の知的障害、2) 広汎性発達障害、3) 注意欠陥・多動障害、4) その他言語発達に影響を及ぼしうる高次脳機能障害、などが含まれることを想定した。この場合も、術後の療育にかかわる人たちの、理解と見解の共通性が求められる。特に低年齢では見過ごされるか、顕著に表出していない障害の場合もあるので、全体的な発達・発育の観察を怠ってはならない。
 聴覚障害の原因が内耳よりも中枢側にあると推定される場合には、人工内耳術後の効果についての慎重な見通しが必要であり、特にこれに言及した。ただし、皮質聾は人工内耳の適応としない。
 最後に、この適応基準は時代の変化や医学の進歩に伴って適宜見直しを図る必要があることを付言したい。

(平成25年11月1日 理事会承認)

2014年2月7日掲載