意外と知らない身近な耳鼻咽喉科・頭頸部外科

HPV関連中咽頭がん
世界で急増中!ワクチン接種が“予防の要”

HPV(ヒトパピローマウイルス)が
原因のがんと言えば……

HPV(ヒトパピローマウイルス)という名前を聞いたことがある人は多いでしょう。ただ、そんな人でも「子宮頸(けい)がんの原因で、女性が注意すべきウイルス」と思っているのではないでしょうか。実は、HPVは口の奥(中咽頭)のがんも引き起こすのです。しかも、男性の患者が多いのが特徴です。そして、このHPVが原因となる中咽頭がんが急増しています。HPVと中咽頭がんの関係、そのがんの特徴、患者数の状況や予防方法について解説します。

HPVが引き起こすさまざまながん

HPVは非常にありふれたウイルスです。皮膚や粘膜の小さな傷口から感染します。感染しても、ほとんどの場合は免疫の力で自然に排除されます。しかし、時にウイルスが感染した状態が持続すると、がんを発症することがあるのです。

HPVが引き起こすのは女性の子宮頸がん、外陰がん、膣がん、男性の陰茎がん、そして男女共通の中咽頭がん、肛門がんなどです。そして、この中咽頭がんの患者が急増しており、問題になっています。

200種類以上が知られているHPVのタイプ(遺伝型)のうち、がんの原因となるのは一部です。HPVによる中咽頭がん患者の85~90%では「タイプ16(16型)」が検出されることが分かっています。

中咽頭がんとは

中咽頭は、口の奥の上にある柔らかいところ「軟口蓋(なんこうがい)」、舌の付け根「舌根(ぜっこん)」、横の壁のリンパ球が集まる「口蓋扁桃(こうがいへんとう)」を含む部分です。ここにできるのが中咽頭がんで、のどの違和感、長く続くのどの痛み、飲み込みにくさ、ものを飲み込む時の痛み、のどからの出血、首のしこりなどの症状が出ます。

中咽頭がんイメージ

原因はHPV感染と喫煙・飲酒に大別でき、それぞれに特徴があります。HPV関連の場合、舌根や扁桃の小さなくぼみ「陰窩(いんか)」にウイルスが侵入してその上皮(表面部分の組織)にがんが発生します。喫煙・飲酒が原因で起きる中咽頭がんは目視でも比較的判別しやすいのですが、HPVによって生じた中咽頭がんは、小さな陰窩の奥で最初に発生することや、がん自体の小ささから、初期の段階では見つけにくいのです。よってHPV関連中咽頭がんは早期発見が困難ながんとして知られています。

喫煙・飲酒が原因の中咽頭がんは通常50代以降に発生するのですが、HPV関連の場合、40代などの比較的若い世代にも発生することが特徴です。また喫煙・飲酒が原因の場合、食道がんなどを併発することが多いのに対し、HPV関連中咽頭がんでは他のがんが重複することがほとんどありません。一方でHPV関連中咽頭がんは喫煙・飲酒が原因の中咽頭がんより首のリンパ節へ転移しやすい――などの違いがあります。

中咽頭がんの治療法

中咽頭がんの治療は大別して、(1)手術、(2)放射線治療、(3)化学(薬物)治療と放射線治療を併用する化学放射線療法の3つの手法があります。進行がんに対しては、これらの治療を組み合わせる集学的治療も行われます。現在のガイドラインでは原因がHPV関連か喫煙・飲酒かによって治療の選択は変わりません。がんのある部位や転移の有無、発声や飲み込むこと(嚥下)などの機能をどれだけ残すかによって、治療方法を決めます。多くの場合、(1)手術、あるいは抗がん剤シスプラチンによる薬物療法と放射線療法を併用する(3)化学放射線療法を行います。

HPV関連中咽頭がんは遺伝子変異が少なく、喫煙・飲酒が原因のものに比べて予後は良好です。しかし、化学放射線療法を行った場合に口の中や喉などに生じる粘膜炎の痛みは激しく、治療後も嚥下や味覚、発声に障害が出ることがあります。がんは克服できてもQOL(生活の質)の低下に苦しむ人が多いのが実情です。

世界で急増する中咽頭がん

日本全体では現在、1年間に約5000人があらたに中咽頭がんの診断を受けており、男女共に明らかな増加傾向にあります。大阪大学のチームが大阪府がん登録のデータをもとに調べたところ、10万人当たりの中咽頭がんの罹患数(年齢調整罹患率)は、1990年に男性が1.2人で、女性が0.2人でした。それが2015年には男性が2.5倍の10万人当たり3.0人、女性が3倍の同0.6人にまで急増していることが分かりました。

人口10万人あたりの中咽頭がんの罹患数(年間調整罹患率)

人口10万人当たりの中咽頭がんの罹患数(年間調整罹患率)のグラフ 出典:大阪府がん登録

この間、日本人の喫煙率は下がっているので、増加はHPV感染の影響と考えられます。現在は新たに診断される患者の半数以上がHPV関連だと見られています。

HPV関連中咽頭がんをいかに予防するか?

HPV関連中咽頭がんの予防にはHPVワクチンの接種が有効と考えられています。HPVワクチンというと、女性が対象だと思う人もいるでしょう。しかし、ワクチンはウイルスの感染を防ぐ効果がありますから、男性がHPVワクチンを接種することで、自身にも発生しうる中咽頭がんなどのHPV関連がんを防ぐことができます。また男性から女性にHPVを感染させるリスクを減らすこともできます。

実際に海外の先進国ではHPVワクチンは男女共に定期接種になっています。中でもオーストラリア、カナダ、イギリスは10歳前後の子供を対象に学校での集団接種を実施しています。このため、2022年8月時点の接種率(完遂率)は▽オーストラリア(定期接種対象は12~13歳の男女)=女子81.8%、男子78.8%▽カナダ(同9~13歳の男女)=女子87%、男子73%▽イギリス(同12~13歳の男女)=女子82.8%、男子77.5%――と非常に高いのです。オーストラリアやイギリスからは定期接種開始後、HPV感染率や子宮頸がんの発生率が減少したことが報告されています。

メリカやフランス、ドイツは医療機関での定期接種を実施しています。22年8月時点の接種率は、アメリカ(対象は11~12歳の男女)=女子61.4%、男子56.0%▽フランス(同11~14歳の男女)=女子37.4%、男子はデータなし▽ドイツ(同9~14歳の男女)=女子47.2%、男子5.1%――です。一方、日本は定期接種の対象が12~16歳の女子のみで、接種率はわずか7.1%しかありません。

欧米各国のHPVワクチン接種プログラム

(2022年8月時点)
オーストラリア アメリカ カナダ フランス イギリス ドイツ 日本
現在の対象
ワクチン
9価 9価 女子:2価/4価*/9価
男子:4価*/9価
(*発売終了)
2価/9価
(初回接種は9価)
4価*→9価
(*発売終了)
2価/9価 2価/4価
接種
プログラム
開始年
2007年(2018年より9価のみ) 2006年(2017年より9価のみ) 2007年~※州により異なる
(2015年9価導入)
2007年 2008年 2007年 2013年(2010~2012年
は特別事業)
実施法 学校接種 医療機関での接種 学校接種 医療機関での接種 学校接種 医療機関での接種 医療機関での接種
定期接種
コホート
12~13歳男女※州により異なる 11~12歳男女 9~13歳男女※州により異なる 11~14歳男女(男子2021年導入) 12~13歳男女(男子2019年導入) 9~14歳男女(男子2018年導入) 12~16歳女子
接種率
(完遂率)
女子:81.8%
男子:78.8%
女子:61.4%
男子:56.0%
女子:87%
男子:73%
女子:37.4%
男子:データなし
女子:82.8%
男子:77.5%
女子:47.2%
男子:5.1%
女子:7.1%

日本は、地域保健・健康増進事業報告「定期の予防接種被接種者数」(第78回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会・資料に掲載)より2020年度データを、日本以外の国はWHO Human papillomavirus (HPV) vaccination coverage (Accessed Aug.2022)より2021年データを示した。

横浜市立大学 折舘伸彦先生作成

HPVワクチンの接種によって、HPV感染リスクがどの程度減るのかを米国人をモデルにシミュレーションした論文※1があります。この論文によると、12歳時点のワクチン接種率を男児、女児共に40%とし、これを現在から維持すれば、HPV関連中咽頭がんの患者の多くが感染している16型の感染リスクを全体で約75%減少させられるといいます。接種率80%を男女共に維持できると、16型の感染減少率はほぼ100%に達し、ウイルスの撲滅が可能になると考えられています。

さらに感染リスクだけでなく、HPV関連中咽頭がんの発生をワクチン接種でどの程度減らせるのかを予測した論文※2もあります。この論文によると、米国で男女ともワクチン接種をまったく実施しない状態を続けると、2030年ごろから男性10万人あたりの中咽頭がん罹患数は10人程度になるといいます。これが現状のHPVワクチン接種率、女性約60%、男性約50%を維持すると、2100年には10万人当たり4~5人に減少させることができると予測しています。接種率が増加すれば、さらに中咽頭がんの発生率が減少することも予測されています。

同様に日本国内でも今から男女共にワクチン接種率を上げていけば、やがては中咽頭がん発生率減少の効果が現れ始めると考えられます。逆に言えば、今から対処しなければ将来の子供や孫の世代に禍根を残しかねません。

※1Brisson M et al. Lancet Public Health. 2016;1:e8-e17.

※2Damgacioglu H et al. Lancet Reg Health Am. 2022; 8:100143.

HPVワクチンの安全性は?

日本ではHPVワクチンの定期接種を巡って複雑な経過があったので、ワクチンの安全性について不安を持っている人もいるのではないでしょうか。接種部位が腫れたり痛んだりする副反応は他のワクチンと同様、一般的に見られます。またごくまれに重篤な症状が出てしまうこともあります。しかしHPVワクチンの効果と安全性は世界的に確認されています。

日本では2010年11月、中学1年から高校1年の女子を対象にHPVワクチンの公費接種が始まりました。そして、2013年4月に小学6年から高校1年の女子を対象に定期接種化されました。しかし、接種後に体の痛みや歩行障害、記憶力の低下、月経異常などを訴えるケースが報道され、定期接種開始から2カ月後の2013年6月、厚生労働省が積極的な接種勧奨の一時差し控えを決めました。それにより、80%近くあった接種率がほぼ0%になりました。

では、こうした症状はHPVワクチン接種と本当に関係があるのでしょうか。名古屋市が2015年に実施した「名古屋スタディ」と呼ばれる疫学研究では、HPVワクチンの接種率が高かった 1994~2000 年度生まれの名古屋市在住の女性全員の約7万人を対象として、報道されたような24種類の症状があったかどうかを調査しました。約3万人から回答があり、HPVワクチンの接種者と非接種者で症状発現リスクに有意差がないとの結論が得られました。

また厚労省の検討部会も、報道されたような症状は「機能性身体症状」であるとの見解をまとめました。これは慢性的な痛みなどの身体症状はあるが、検査で症状に見合う異常が見つからない状態を指します。このような経緯を経て、2021年11月、厚労省は8年ぶりにHPVワクチン接種の「積極的な勧奨」を再開しました。

厚労省が承認しているHPVワクチンは3種類(2価、4価、9価)です。それぞれ2つ、4つ、9つの遺伝子型に対応するワクチンで、いずれも多くのHPV関連中咽頭がんの患者に見られる16型には対応しています。9価ワクチンは2023年4月から小学6年から高校1年の女子を対象とする定期接種で使用できるようになりました。ただし、ワクチンは治療薬ではありません。すでにHPVに感染してしまった細胞からHPVを排除する効果は期待できません。つまり感染する前の若い世代がワクチンを接種し、HPV感染を防ぐことで効果が得られるのです。

して早期発見が難しいHPV関連中咽頭がんは、ワクチンによる予防が特に重要だといえます。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、関連学会と共にHPVワクチンの男性への定期接種化を国に要望しています。子供の世代、孫の世代になって、日本が世界から取り残され、“いまだにHPV関連がんを撲滅できていない国”にならないようにするには、今からの取り組みが必要なのです。

監修:横浜市立大学医学部
耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 教授 折舘伸彦先生