Open Menu

もっと役立つ 頭頸部がん最新情報

頭頸部がん「第5の治療法」として期待
日本がリードする頭頸部アルミノックス治療とは

鎖骨から上の部分を頭頸部といい、そこにできるがんが頭頸部がんです。主なものには、口の中の口腔がん、鼻の奥から食道までの咽頭がん、喉仏の後ろ辺りの喉頭がん、鼻の内部や頬の奥の上顎洞(じょうがくどう)がん、唾液を作る部位の唾液腺がんなどがあります。日本では頭頸部がんのうち切除不能なものに対して、新しい「アルミノックス(Alluminox)治療(光免疫療法)」を行うことができます。この治療の仕組みや効果、手順や方法などについて、東京医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野の岡本伊作准教授が詳しく説明します。

頭頸部がんの三大治療と新しい第4、第5の治療

まず、頭頸部がんの治療についての総合的なお話をします

頭頸部がんの治療は他の多くのがんと同様、外科手術、放射線治療、化学療法が三大治療です。通常は、がんの大きさや進行度合い、患者の年齢などに応じて、これらを組み合わせて治療が行われます。

再発または転移している場合には、免疫チェックポイント阻害剤で治療することがあります。がん細胞が攻撃を避けるために免疫細胞にかけてしまう「ブレーキ」を外す薬です。これは「第4のがん治療」と呼ばれ、2017年にニボルマブ(商品名オプジーボ)、19年にペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)が厚生労働省の承認を受けています。

そして、「第5のがん治療」の可能性として注目されているのが、BNCT(Boron Neutron Capture Therapy:ホウ素中性子捕捉療法)と頭頸部アルミノックス治療です。BNCTは20年6月、アルミノックス治療は21年1月に、「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん」に対して保険診療が始まりました。

BNCTは、がん細胞に取り込まれやすいホウ素を含む薬剤を点滴投与した上で、中性子線と呼ばれる放射線を患部に照射します。ホウ素を取り込んだがん細胞のみを破壊するため、通常の細胞には小さな影響しか与えないなどのメリットがあります。

頭頸部がんができる主な部位 (東京医科大学・岡本伊作准教授提供)

第5の治療の一つ「アルミノックス治療」とは

では、ここから本題の頭頸部アルミノックス治療について、詳しく解説していきます。この治療は、がん細胞だけを狙って破壊する「光免疫療法」のことです。がん細胞に特異的にくっつく薬剤(セツキシマブサロタロカンナトリウム:商品名アキャルックス)を投与した後、患部にレーザー光を当てることで、がん細胞だけを壊します。

アキャルックスという薬剤は「抗体」がベースになっています。抗体とは、ウイルスや細菌のように体内入ってきたり、がん細胞のように体内に発生したりする「異物」に結合し、免疫機能がこれらを排除するのを助けるたんぱく質です。

一方、がん細胞の表面にはたくさんの突起物(さまざまな種類のたんぱく質)が生えています。その中にがん細胞特有のものがあり、頭頸部がんの細胞表面には「EGFR」というたんぱく質が多く出現しているのです。

抗体はある異物に対し特異的に結合する特徴を持ちます。抗体が鍵で、病原体の一部が鍵穴のようなイメージです。アキャルックスのベースになっている抗体セツキシマブ(鍵)は、がん細胞表面のたんぱく質EGFR(鍵穴)に結合します。セツキシマブに、「IR700」という波長690ナノメートル(ナノは10億分の1)のレーザーを当てると形を変える色素を付けたものがアキャルックスです。

点滴で投与されたアキャルックスは、がん細胞表面のEGFRにピタリと結合します。そこにレーザー光が当たってIR700が反応することで抗体が形を変え、細胞表面に傷が付きます。その傷から細胞の周囲の水が流れ込み、がん細胞が膨張して破裂するのです。

頭頸部がんができる主な部位 (楽天メディカル株式会社提供・一部改変)

がん細胞の破壊によって働き始める免疫機能に期待

アルミノックス治療には、どのようなメリットがあると考えられているのでしょうか。

アキャルックスは基本的にがん細胞にのみ結合し、照射するレーザー光は人体に安全なものなので、放射線治療や化学療法と違って健康な細胞はほとんど破壊されないとされています。また、がん細胞が破裂して内部の物質が体内にばらまかれることで、そのがん細胞に対する免疫反応を引き起こすことが期待できるのではないかといわれています。

理論的には、破裂したがん細胞の周辺にいる免疫細胞が、破裂したがん細胞のさまざまな残骸を「異物」と認識し、それを排除する免疫のメカニズムが働くと考えられるのです。まだはっきりしたことは分かりませんが、レーザー光の照射でがん細胞が取り除ききれなくても、他の場所にがんが再発しても、免疫細胞が覚えているのですぐにそれらを排除してくれる可能性があるのです。

がん細胞の表面に出ている特定のたんぱく質に薬剤を結合させる治療はアルミノックス治療以外にもあります。しかし、がんは巧妙に攻撃を避ける能力を持っているので、狙われたことのあるたんぱく質を隠してしまうことがあります。これを薬剤耐性といいます。

一方で、アルミノックス治療は治療時間が短いため、がん細胞にその能力を発揮させる時間を与えないのではないかと考える専門家もいます。また、たとえがん細胞がEGFRを隠したとしても、前述の免疫機能が働くならば、一度破壊されてばらまかれたがん細胞のさまざまな物質を免疫細胞が異物と認識し、それを目印に攻撃をしかける可能性があるわけです。

治療方法と治療の流れ

アルミノックス治療の対象となるのは、外科手術や化学療法、放射線治療などの標準治療を受けた上で、がんが再発した患者さんです。局所再発で切除ができない場合に、薬物療法の前または後に行うことになります。なお、条件に合っていても、レーザー光照射が難しい場所にがんがある場合や治療の影響でQOL(生活の質)が悪くなることが想定される場合はアルミノックス治療を受けることはできません。

実際の治療にかかる日数は2日間です。その後、1週間は入院が必要です。

1日目はアキャルックスの投与を行います。アレルギーのような症状を抑えるための薬を投与した上で、アキャルックスを点滴で2時間以上かけて投与します。明るい光によって皮膚が赤くなったり、皮膚や目に痛みが生じたりする副作用「光線過敏症」を避けるため、ブラインドと遮光カーテンで120ルクス以下に薄暗くした部屋で行います。

頭頸部がんができる主な部位 東京医科大学のアルミノックス治療用病室。明るさは80ルクス以下となっているが、間接照明を利用しているため、見た目には比較的明るく感じられる(東京医科大学・岡本伊作准教授提供)

2日目(アキャルックス投与の20~28時間後)がレーザー光照射です。レーザー光の照射方法は、がんのできた場所によって異なります。皮膚表面、口腔や咽頭粘膜にできたがん(表在性病変)には、病変に対して垂直に懐中電灯を当てるような感じでレーザー光を照射します。病変が大きかったり皮下組織にあったりする場合は、そこに針(ニードルカテーテル)を刺して、その中に細い円筒形の発光装置(シリンドリカルディフューザー)を入れて半径10ミリ、長さ20~40ミリの円柱形の範囲にレーザー光を当てます。

頭頸部がんができる主な部位 ニードルカテーテルを使った治療の概要(楽天メディカル株式会社提供・一部改変)

その後、1週間は120ルクス以下に設定した病室に入院します。東京医科大学病院ではアキャルックス投与から7日後に、腕の一部に直射日光を当てて皮膚に発赤が出ないかどうかを確認し、問題がなければ退院になります。ただ、その後も4週間は直射日光を避けての生活が必要です。

頭頸部がんができる主な部位 アキャルックス投与後の光線過敏症対策(東京医科大学・岡本伊作准教授提供)

分かっている効果と副作用

海外で切除不能な局所再発の頭頸部扁平上皮がん患者30人を対象に行った治験について紹介します。結果は、がんの兆候が全てなくなった「完全奏効(CR:complete response)」が4人(13%)、状態が改善した「部分奏効(PR:partial response)」が9人(30%)、がんの大きさに変化が見られない「安定(SD:stable disease)」が11人(37%)でした。つまり、何らかの効果があった人(奏効率)はCRとPRの計13人(43%)でした。

この治験では、30人全員にけん怠感、舌の腫れ、喉のむくみ、治療した部位の痛みなどの有害事象が出たことが確認されています。その中でも、嚥下(えんげ)障害、貧血、顔面の腫れ、口腔内の痛み、腫瘍の痛み、肺炎については重症(グレード3)以上の患者が計19人(63%)いました。東京医科大学での実際の治療例でも、腫れやむくみ、痛みはほとんどの患者で確認されています。容貌が変わるくらい腫れることもありますが、約1週間で元の状態に戻ります。

日本でしか受けられないアルミノックス治療 全国に約100の実施可能施設

アルミノックス(Alluminox)治療という名称には、「all over the world(世界中)のがん患者の生きたいという未来を支えるため、illumination(光)でがんをknockout(ノックアウト)する」という願いが込められています。2023年6月末現在、この治療は世界で日本でしか受けることができません。

治療を行うのは、耳鼻咽喉科頭頸部外科医の中の頭頸部アルミノックス治療認定医に限定されています。現在、実施可能な施設が全国に約100カ所あり、治療認定医は約230人います。治療の希望者は、主治医と相談した上で、 楽天メディカルの患者さん、家族の方向けサイトから医療機関を確認して問い合わせてください。

関連動画