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もっと役立つ 頭頸部がん最新情報

2022年保険適用に
注目集まる、頭頸部がんに対する経口的ロボット支援手術

頭頸部には、呼吸や食事など生きるために必要不可欠な機能、声を発して会話をしたり味や匂いを感じたりという生活の質(QOL)の維持に直結する重要な機能が集まっています。近年、頭頸部がんを治療するために、口の中からロボットのアームを挿入して行う「経口的ロボット支援手術」が実施されています。2022年に、一部の頭頸部がんに対して、この手術の健康保険の適用が認められたことにより、手術件数が大幅に増加し、今後さらに増えていくことが見込まれます。注目を集めている頭頸部がんに対する経口的ロボット支援手術について解説します。

頭頸部がんとは

頭頸部は、顔面から鎖骨までの範囲のうち脳や眼球を除く、首、口、鼻、喉、唾液腺、甲状腺などの部分を指します。呼吸や食事など、生きていく上で必要不可欠な機能や、発声、味覚、聴覚などの社会生活を送るための機能が詰まった領域です。これらの領域にできるがんを総称し「頭頸部がん」と呼んでいます。

頭頸部がんができる主な部位

頭頸部がんは甲状腺がんを除くと、年間約3万3千人が罹患しています(*1)。割合にすると、がん全体の3%です。65%を占める5大がん(胃がん、大腸がん、肺がん、子宮がん、乳がん)に比べて発生頻度が少ないのが特徴で(*1)、男女比は男性が77.5%、女性が22.5%と、男性に多くみられます(*2)。

頭頸部がんの代表的な発生部位は、口腔(29.2%)、下咽頭(20.9%)、喉頭(17.7%)、中咽頭(17.0%)です(*2)。2022年に、下咽頭、喉頭(声門上)、中咽頭の3カ所で、保険適用による経口的ロボット支援手術が認められました。

*1: 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会ウェブサイト「知っておきたい 頭頸部外科・頭頸部がんのこと」より
*2: 日本頭頸部癌学会による全国悪性腫瘍登録:報告書(2019年)より

経口的ロボット支援手術について

手術支援ロボットは20世紀末に最初の機種が開発、導入され、以来米国を中心に改良が続けられてきました。ロボット技術の進歩や、保険が適用される疾患が増えていることにより、国内でも年を追うごとに活用領域が広がっています。ロボットは国内外の複数の医療機器メーカーが開発しており、さまざまなモデルがありますが、医療現場で最も使われているのが米国のインテュイティブサージカル社が開発した「ダビンチサージカルシステム」、通称「ダビンチ」です。

従来、頭頸頸部がんのうち、咽頭や喉頭に生じたがんには、口から内視鏡を挿入して手術が行われてきました。現在はこれに加え、ダビンチを用いた手術が実施されています。患者さんの口からはさみのような形をした鉗子(かんし)やカメラを入れて、がんにアプローチするのは従来の内視鏡手術と同じですが、ダビンチはそれらがロボットのアームに接続されており、術者の医師は離れた場所にある操作台から遠隔でそのアームを操作します。

頭頸部がんができる主な部位 シミュレーションロボットを使ったダビンチでの手術の様子(鳥取大学・藤原和典教授提供)

経口的ロボット支援手術のメリット

一般的に内視鏡手術全般は通常の切開を伴う手術と比較して、臓器のさまざまな機能を温存しやすいという特徴があります。複雑かつ重要な機能が多い頭頸部において、これは非常に大きなメリットで、口の中から内視鏡を入れて行う手術であれば嚥下(飲み込み)や発声などの機能をできるだけ残しつつ、がんを切除できます。

加えて手術ロボットは人の手の機能的限界以上の動きができます。手や指の関節の可動域を超える動きができるほか、手ぶれを起こすこともありません。つかむ、引っ張るなど比較的シンプルな、直線的な動きに限定される従来の手で操作する内視鏡と比べても、より自由度の高い3次元的な動きが可能です。これによって、狭い部位での細かい作業を安全に行うことができます。これも小さく複雑な臓器が多い頭頸部に適している点です。正確にがんを切除できれば、味覚機能、唾液分泌機能が損なうおそれがある放射線治療を回避できる可能性も上がります。

また切除範囲を小さくすることは入院期間の短縮につながります。放射線治療、抗がん剤治療の場合、入院期間は数カ月に及ぶこともあり、体力的な負荷も高くなります。ロボット支援手術の場合、早い人ならば1週間で退院できるケースもあり、体力的に厳しい高齢者に向いている手術といえます。

手術支援ロボット「ダビンチ」について

「ダビンチ」は米国食品医薬品局(FDA)の認証を受けた手術支援ロボットの一つです。国内では現状、保険適用のもと、頭頸部がんへの経口的ロボット手術に用いることが認められている唯一のシステムです。

頭頸部がんができる主な部位 「ダビンチサージカルシステム」。左からペーシェントカート、ビジョンカート、コンソール(インテュイティブサージカル社提供)

システムは大きく「ペーシェントカート」「ビジョンカート」「コンソール」という3つの機器からなります。ダビンチを使った手術は、ロボットを操作する執刀医がコンソールに座り、補助する医師は患者さんの頭頂部側に立ちます。そのほか、麻酔科医と臨床工学技士、看護師2名が加わったチームで行うのが一般的です。執刀医はコンソールの接眼部から術野を見ながら、操作をします。鉗子や内視鏡をつけた数本のロボットアームが備わっているのが、ペーシェントカートで、執刀医の操作を受けて、口の中に挿入された鉗子や内視鏡が動きます。そして、これらの操作や内視鏡の画像を処理するのが、ビジョンカートです。術者が見る術野は高解像度の3次元画像で、操作するスティックの動きはほぼタイムラグなしでロボットアームに伝わります。

頭頸部がんができる主な部位 「ダビンチ」のコンソールに座り、アームを操作する執刀医(鳥取大学・藤原和典教授提供)

ダビンチを使った手術で重要なのは、手術前の「セッティング」です。頭頸部がんへの経口手術は狭い口の中から複雑な構造の中にできたがんにアプローチせねばなりません。最新のダビンチのアームは直径8ミリですが、それが何本もあると、干渉し合わないようにワーキングスペースを取りながら口の中に挿入していく設定が一番難しく、繊細な技術と経験が必要なチームの技量が発揮される場面です。

執刀医としてダビンチを使い頭頸部がんの手術を行う医師は、ダビンチの基本的な使い方を学ぶ研修に加えて、頭頸部領域の手術に特化したトレーニングを追加で受ける必要があります。

経口的ロボット支援手術の保険適用について

2022年にダビンチによる中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭(声門上)がんに対する手術が、新たに健康保険の適用となりました。手術が適応される条件として、4センチ以下の早期がん(T2)であること、節外浸潤を伴うリンパ節転移がないことなどがあります。詳細な適応の条件については、個別に主治医の先生に相談されることをおすすめします

手術費用は、保険適用の手術であればロボット支援手術でも一般の内視鏡手術と同程度です。保険適応となって以来、全国で頭頸部がんへのロボット支援手術の実施数は急速に増加しています。

自覚症状が少なく、早期発見が難しい頭頸部がん

頭頸部がんは初期だと自覚症状がみられないことが多いため早期発見が難しく、見つかった時に症状が進行してしまっている可能性が高いがんです。他の病気の検査など別の目的で口から内視鏡を入れた際に、下咽頭がんが見つかるというケースも散見されます。比較的手軽にできるセルフチェックとしては、首のリンパ節のあたりを自分の手で触ってみる方法があります。しこりを感じた際にはすぐに医師に相談してください。

頭頸部がんの中でも最近急増しているのが、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染によって起きる中咽頭がんです。中咽頭がんは従来、多量飲酒や喫煙が主な原因で50代以降の発症が多かったのですが、HPV関連中咽頭がんは40代など若い世代にも見られます。HPV関連中咽頭がんを防ぐ最善の方法はHPVワクチンの接種です。また頭頸部がん全般のリスクとなる多量飲酒、喫煙には若い世代の方も十分気をつけていただきたいと思います。

若い世代でかかるがんが増加している一方、歳を重ねても社会で活躍する人たちが増えています。そんな方々が、がんを患った時に1日でも早く社会に復帰していただくには、経口的ロボット支援手術は有効な手段だと思います。国内で実施可能な施設は順次増えていますので、主治医と相談のうえ適応があると考えられる場合は、実施施設に問い合わせてみてください。

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